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書家祥洲の墨の世界 プロフィール

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     書家 祥洲
















書家祥洲 墨作り
祥洲オリジナル墨制作途中














書家祥洲 南君の恋人制作風景
南くんの恋人/書道監修時

6歳から書を学び、19歳 ( 立命館大学在学中 ) で書活動を開始。
数々の大規模展で入選入賞(読売・毎日・日本書芸院など40数回)
を重ね、20代半ばには複数の団体の審査会員・理事等となる。
しかし既存書道界の在り方に疑問を抱き、フリーとなる。

○その後、書道雑誌の編集長を 7年間務めながら書の母なる国、
中国のハイレベルな国際展で書の修行を続ける。この頃は六朝
楷書・顔真卿・趙之謙 などを根幹とした作風を展開し、高野切
をベースにしたかな作品も織り交ぜ、中国国際展で受賞多数。
1990年「中国国際書法篆刻芸術博覧会」書法部門 金賞グラン
プリ受賞を機に発表スタイルを日本での個展へと転換し始める。

○また1980年代から取り組んできた墨の研究は、試行錯誤の末、
独自に煤を調合、自らの手で練り上げて作る 祥洲オリジナル墨
の開発へとつながる。今日でも進化を続けているこの墨の開発
により、伝統書のみならず抽象表現にまで作風を広げる。

1992年初個展「裸の断片」が大きな注目を集め「墨の芸術人」
「越境する表現者」と評される。以降、「山 / 花 / 月 / 行 / 風 」
などの文字をモチーフに、それぞれの文字を数十から数百種類
にわたって書き分けるシリーズ展が90年代のヒット企画となる。

○海外の発表が増える中、「福田祥洲」から作家名の表記を
 「 祥 洲 / Shoshu 」へ徐々に変更する。


○また20代から独学を続けてきた銀塩写真。自ら現像プリント
を行い、これまでに写真作品集2、写真作品のみの個展も開催。
その後デジタル写真にも取り組み、墨と写真をパソコンで融合。
1990年代後半からシリーズ展開
し、中国黒龍江省美術館などが
作品収蔵。またマック関連の雑誌などで幾たびも紹介され、デジ
タルクリエーターとしても国内外で高い評価を得る。

○「 f.祥 洲 Art-Office 」を主宰、映画 / TV / 店舗 / 商標など
毛筆によるロゴデザインを多数制作している。iPod関連商品・
メルセデス・ベンツCMなどが広く知られている。

○あくまでもアーティストとして個展を中心に活動を続ける中、
展覧会や作品に接した多数の人々が全国から集うようになる。
墨集団翔Sho、そして祥洲/京都・東京教室を通じてグループ展や
個展で多数の若き書人達がデビューし、多方面で活躍している。
伝統書をベースにしたハイレベルな内容のみならず、個性を尊重
した独自のカリキュラムによる授業も注目を集め、新聞や雑誌な
どで幾度も紹介されている。

○作家の作品評価本として最も広く知られている「美術年鑑」。
その2007年度版にて「書」の目次に「書道界異色作家」が新設。
以降、最新版まで連続して評価額トップ作家として掲載されている。

2007年度版「美術年鑑 art annual 」祥洲 掲載ページ

○国際展受賞・美術館収蔵・作品集・日中で出版物多数

近年の主な展覧会
中国黒龍江省美術館主催「日本現代芸術家 祥洲 -幽玄なる黒白の美-」
銀座三越 / 新宿三越 企画展、台湾国立国父記念館 「日華精鋭作家展」
リーンロゼ社主催「祥洲の墨の世界」ドイツ巡回展/東京展 など多数。

○書論などの掲載誌 (書関係)
中国碑帖臨書鑑賞 巻頭寄語 「顔真卿-伝統と創造- 」(日本 祥洲)
(中国書法家協会主席 沈鵬先生、副主席 王学仲先生に続いて掲載)
中国書法賞評 (中国黒龍江省)
日本国内 「墨」「書に遊ぶ」「書の美」「創風」など

○雑誌記事
MacFan,LinkClub,日経01,monoマガジン,ぴぁ,DUET,BRIO,など多数。
雑誌記事の一部はこちらでご覧になれます
書家祥洲 サイン


活動詳細こちら
墨集団翔Sho / 祥洲書院 ( 墨翔会 ) 主幹・
中国哈爾濱市書法家協会理事・中国国際展芸術顧問・日本代表作家など。
日本を代表する書サイト「墨写空間」、そして本サイト代表。

1958年京都生まれ 本名 福田 尚(たかし)  旧活動名 福田祥洲
184cm / 70kg 魚座 B型 Eric ClaptonとJazzをこよなく愛す




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祥洲 2005祥洲2005  祥洲2007祥洲 2007

祥洲 2008祥洲2008 Photo by 須貝智行


ピアノは鍵盤を押し込めば音は鳴ります。
しかしそれだけで素晴らしい演奏が出来るわけではありません。
ピアニストになるためにはどれくらい大変な練習が必要か・・・

書ではどうなのでしょう。
誰でも筆を手にすれば何かが書けます。
学校教育で書道も学びます。
少し練習すれば、何となく書けるような気分にもなります。

伝統書が書けない書家
実用書が書けない書家

いろんなカタチがあってもいいとは思いますが
しかし・・・


祥 洲 語録


書における自らの表現は、伝統を学ぶ中で模索し続けるもの。


現代書はあくまでも伝統書の延長線上に存在するもの。


書は自分らしく書けばよい。
人柄を感じるような書、個性溢れる書、それは素晴らしい。
だがあなたがもしプロとして書を志す人にならば・・・
自分らしく書いたと言う前に
これが自分の個性だと言う前に
苦しいほど、逃げ出したいほど、古典を学びなさい。
書に向かうと言うことは
一生をかけて古典を学び続けることなのです。


どんな時も私のよりどころは古典なのです。


書における、用と美。
美ばかり追いかけて、用を忘れる無かれ。
生活に根付いた実用書を軽視してはいけない。


 日々の練習や古典の学習不足による自分の書技術の未熟さを
「稚拙さ」と混同しないことです。


古典と呼ばれるものは、それが生まれ出た時代にとってみれば
それまでの時代になかった新しい要素をもっているものなのです。
言い換えればそれは当時の革新的な書だったのです。
そして多くの人々に受け継がれ、
今日から見れば、古典と呼ばれるようになったのです。
伝統は常に新しい感性を取り込みながら脈々と受け継がれるもの。
スタイルだけの伝承は形骸化するのみ。


書は文字性という束縛を十分認識して、あえて文字を書くものです。
その上でそれらの束縛にとらわれない自分の内面の表出を目指すのです。


私は文字を書いた作品は書と呼ぶが
文字を書かないものは、それは私にとって純粋に墨の抽象作品であり
だから私はそれを 墨ワークス-SumiWorks- と称している。
しかしこれはあてえ必要とされたときに答えるだけで
私が創ったものは-書や墨ワークスや写真や文章など-なんであれ
それは単に表現形態が異なるだけであり、
自分自身が吐き出したものとして、全てが私の作品なのです。


 書家は書を書く。画家は絵を描く。写真家は写真を撮る。
ならば書家が絵を描けば、なんと呼ぶ?。
私はカテゴリーになんか縛られたくない。 


※中国の書法専門誌「書法賞評」(1999)の「現代日本の書」
取材での発言より抜粋/再構成。




祥洲 セルフポートレート 1994
(
仕事場にて) self-portrait01_1994

祥洲 セルフポートレート 1994
self-portrait02_
1994

祥洲 セルフポートレート 1994
self-portrait03_
1994


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